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[Products_2003_2007]誰かの夢のそばに。 - 2013.05.19 Sun


photo:Takeo Ishii

 2012年4月。僕が最初に知り合ったシューティング仲間(知り合った当時、僕は16でした)であり、今でも大切な友人のひとりである「名人」ことモゥリ トモヒロさんが、長年の夢を叶えるべく渡米しました。

 モゥリさんのみならず、国内で腕を磨くシューターたちにとって、アメリカで年1回開催される「NRA BIANCHI CUP」は常に話題になるビッグマッチのひとつであり、いつか出場したい……という大きな目標のひとつでもあります。モゥリさんは2012年5月23~25日(現地)にミズーリ州・コロンビアの Green Valley Rifle & Pistol Club にて開催される、その2012年大会に出場するのです。

 おそらく、本当にたくさんの方のサポートがあって実現したであろう夢への挑戦は、モゥリさんが居候からはじまって、滞在中ず~っとお世話になりっぱなしだったというイチロー・ナガタさんのブログ「TACTICAL LIFE」上で、ほぼリアルタイムで綴られていました。そして練習開始から数日、その悪戦苦闘の様子を知るたびに、正直のところ「超ウラヤマシイ。でもチョット胃がキリキリする」そんな心境でした。

 その後も「モゥリさんのスクスク成長日記」とも言うべき記事を毎日拝見させていただき、いよいよ本場のカップガンをモノにした(?)モゥリさんは、練習とはいえフォーリング・プレイト(以下プレイト)やムーヴィング・ターゲット(以下ムーヴァー)をクリーン(満点)するまでに至り、なんだか僕もモニターの前で毎晩(というか深夜に)ひとりコーフン状態。この頃の僕は仕事が大繁忙期にあり、連日朝まで働いていたのですが、それはもう励みになりました。

 そして5月23日から競技がスタートしました。初日、モゥリさんはプレイトをクリーンし、2日目のバリケードもクリーンと絶好調。そして、BIANCHI CUP 最大の難関と言われるムーヴァー、プラクティカルの2競技を控えた前夜、モゥリさんは久しぶりに更新したSNSで宣言したのです「明日は Various Techniques のシャツを着て撃つ」と。世界の檜舞台で僕が作ったウェアを着てくれるなんて、そりゃ嬉しいに決まってるんですけど、なにより感動したのは長年描いていた夢のお供にウチを選んでくれたコトです(まさかアメリカまで持っていっているとは知りませんでした……)。

 2012年5月27日、日本では BIANCHI CUP に魅せられたシューターたちが静岡県は掛川に集う、毎年恒例の「JANPS予備校」開催日でもありました。ウチのシャツ云々はまったく話題にもなりませんでしたが、掛川に集う仲間たちにとってもモゥリさんの奮闘は当然話題になっていました。この日、はじめて掛川でJANPSの競技(コチラの記事もどうぞ!)を体験させていただいた僕は、その魅力に思いっきりハマってしまい、場所も道具も違うのですが「モゥリさん、本場でウチのシャツ着てコレ撃ってんだな~」としみじみ思ってしまいました。この前夜、実は宿泊した掛川のホテル、そのマッサージ(チェアー)ルームで、大先輩であり過去に本場の出場経験を持つミズタニ テツヤさんから BIANCHI CUP にまつわる面白いお話をたくさんうかがっており、僕も僕で BIANCHI CUP にドップリの週末だったのです。お世話になった皆さん、本当にありがとうございました。

 楽しかった予備校も無事お開きとなり、僕は27日深夜に帰宅しました。そしてモゥリさんの最終日、難関と言われる2競技の結果を、石井健夫さんのブログで知りました。競技の結果だけ見れば少々悔いが残るのかもしれませんが、石井さんの記事の結びにあった、夢を成し遂げて感極まり涙に咽ぶモゥリさんの写真を見て、ガラにもなく僕もメチャクチャ心の汗をブチまけてしまい、仕事の電話とかしなきゃいけないのに、暫くナニもできませんでした。もうこうなるとウチのシャツがどうとか全く関係ないんですけど、モゥリさんの夢に少しでも彩りを添えられたかと思うと、本当に光栄です。

 それでは2012年5月25日。モゥリさんの最終競技となったプラクティカル・イベントの模様です!


photo:Takeo Ishii

競技開始直前。なんか超イイ笑顔です! ちなみに、BIANCHI CUP では競技に使うペーパーターゲットは自分でセットするのです


photo:Takeo Ishii

競技がはじまりました。プラクティカル前半の難関、10ヤード(約9.15メートル)のウィークハンドによるシュート。ここも難なくこなし、ここから15、25、50ヤードとどんどんターゲットが遠くなっていきます


photo:Takeo Ishii

競技終了。50ヤードはプローンで撃ったのがわかります。モゥリさんはこれで全競技が終了。家に帰るまでが旅とは申しますが、1ヶ月に及ぶ夢の日々はひとまず大団円を迎えました




モゥリさんが着てくれた、2003年9月に製作した「V.T.002」です。その名のとおりウチの2作目にあたるウェアなのですが、当時、Various Techniques はまだ立ち上げたばっかりで、出店の予定もなく、当HPもなく、ただやみくもに思いついたモノを作っているだけだったにもかかわらず、縫製からオーダーメイドというフットボールウェアをベースに刺繍も使いまくりで、気がつけば原価が6200円。それでもなんとかなるだろうと思って作ってみたら、案の定あんまり売れなかった(原価割れだったのに)……というムチャクチャな、そして以降数年に渡ってウチの財政を苦しめた超問題作です。逆にお買い求めいただいた方は今でも全員覚えていますし、本当に感謝しています。モゥリさんは当時からず~っと大きなマッチでは、よくV.T.002を着ていただいており、もしそこまで長く愛されるモデルとなることがわかっていたら「東欧の、スポンサーもいない弱小フットボールチームのユニフォーム」なんてテーマでデザインしなかったのに……。その反省も踏まえて、2014年は久しぶりにハイテク素材のウェアも作ってみたいな~


 最後に、BIANCHI CUP を戦いながら撮影もこなし、今回画像をご提供いただきました石井健夫さんに御礼申し上げます。石井さんも学生の頃からず~っと BIANCHI CUP への挑戦が大きな夢であり、数々の困難を乗り越えて2000年に初出場を果たしました。その時、夢のお供にしてくれたポロシャツが、Various Techniques を立ち上げる以前、1995年(18年前!?)に僕とドクター・アキの愛称で知られる、尊敬する大先輩でもある朝倉さんと一緒に作らせていただいた「輝け!! 第1回プレート名人大賞(このネーミングが、後にモゥリさんの「名人」というニックネームに繋がるのです)」開催記念ウェアだったのです。マッチそのものも忘れられない良い想い出ですが、勤務先で導入したばかりの Macintosh を使って、それこそマウスと人差し指だけで作った想い出深い、いわばウチの原点ともいえる1着です。いつかあらためて、じっくり紹介させていただきたいと思っています。そしてこれからも、たとえそれがどんなことであっても、誰かの夢のそばにあっても邪魔にならない、そんなモノ作りに精進していきたいと思います。



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